ヒト母乳に遊離グルタミン酸が多く含まれることについての学術情報

ヒトの母乳は他の動物より遊離グルタミン酸濃度が高く、乳児はうま味を認知していると考えられ、母乳中遊離グルタミン酸が乳児の摂食調節、認知機能発達や免疫に関与していることが示唆されている。また、ヒト母乳中の遊離グルタミン酸濃度は血中濃度に比べはるかに高く、乳腺で生成されると考えられている。さらに、ヒトのうま味受容体は他の動物と異なり、グルタミン酸に特異性が高いことが知られている。
これらのことから、ヒト乳児の栄養摂取・発達・免疫に遊離グルタミン酸が何らかの意義を有する可能性が考えられ、また、ヒト母乳中のグルタミン酸濃度が高いこととうま味受容体の分子進化との関連性が示唆されるが、未解明の課題が残る。

未解明課題として挙げられる例

  1. ヒト母乳中の遊離グルタミン酸の生成機構、乳児に対する生理的意義
  2. ヒト母乳中のグルタミン酸濃度が高いことと、ヒトうま味受容体がグルタミン酸に特異的であることの関連の有無
  3. うま味受容体のグルタミン酸特異性が高くなったメカニズムと、その分子進化的意義

 

ヒトの母乳中の遊離グルタミン酸濃度について

  • グルタミン酸は授乳期間を通してヒトの母乳中の遊離アミノ酸の中で最も濃度が高い (Zhang et al., 2013、van Sadelhoff et al., 2018、Agostoni et al., 2000)。
  • 母乳中のグルタミン酸濃度には、子供の性別による差はないとされている (van Sadelhoffet et al., 2018) 一方で、子供の性別が男児の場合に高いという報告もある(Baldeon et al., 2019)。
  • ヒトや、チンパンジー・ゴリラ(類人猿)の母乳中のグルタミン酸濃度は、アカゲザル・ヒヒ(オナガザル類)の母乳、ラクダ、山羊や牛の乳のグルタミン酸濃度より高い (Sarwar 1998, Mehaia 1992)。
  • ヒトの母乳は、牛乳から作られる「乳児用調整乳」に比べて遊離グルタミン酸濃度が高い (Chuang et al., 2005)。


母乳中のグルタミン酸の生成機構に関する情報

  • 食事で通常摂取する遊離グルタミン酸は、大部分が腸で代謝されてしまい、血中にはほとんど移行しない(Bier et al., 1997)。
  • 母乳中のグルタミン酸濃度には、絶食時と食事後で有意差が無い(Vina et al., 1987)。
  • 臨床試験で、授乳婦にグルタミン酸の血中濃度が上がるような特殊な条件(一晩絶食後6g、100mg/kg bwを含むカプセルを水で服用)でグルタミン酸Naを投与しても、母乳中のグルタミン酸濃度には影響が無い。従って、母乳中のグルタミン酸は血中のグルタミン酸が移行したものではないと考えられる(G. L. Baker, L. J. Filer, et al., 1979)。
  • 一方、ラットの乳腺細胞による実験で、乳腺でのグルタミン酸の産生にはLeuトランスポーターが関わっているとの報告があり、ラットへのLeuの経口投与で母乳中のグルタミン酸が増えたとの結果が出ている(Matsumoto T., Nakamura E., et al., 2012)。


乳児による母乳中のうま味の認知について

ヒトの乳児において、母乳による授乳期間が長いほどうま味嗜好性が高い(MSG溶液を水より好む)ことが報告されている(Schwartz et al., 2013)。従って、ヒトの乳児はうま味を認知していると考えられる。

 

ヒト乳児の栄養摂取・発達・免疫に対する遊離グルタミン酸の関与の可能性について

  1. 食欲調節
    米国モネル研究所の研究では、遊離アミノ酸が豊富な「加水分解調整乳」で育てた乳児は母乳と同様な標準的成長をしたのに対し、「乳児用調整乳」で育てた乳児は標準より体重が増加した (Mennella et al., 2011)。
    そこで、「加水分解調整乳」に多く含まれる遊離グルタミン酸が乳児の満腹感へ寄与したとの仮説を検証するため、「乳児用調整乳」、「乳児用調整乳+グルタミン酸」及び「加水分解調整乳」に対する乳児の飽きと満腹感について調べた。
    その結果、乳児は「乳児用調整乳」に比べ、「乳児用調整乳+グルタミン酸」及び「加水分解調整乳」を有意に少なく消費した。
    また、乳児は「乳児用調整乳+グルタミン酸」あるいは「加水分解調整乳」摂取後に、より高い満腹感を示した (Ventura et al., 2012)。
    この結果は、母乳中のグルタミン酸が乳児の適切な食欲調節に関与している可能性を示唆している。
  2. 認知機能
    さらにモネル研では、生後8か月間に「乳児用調整乳」又は「加水分解調整乳」を与えた乳児の認知機能発達をMullen Scales of Early Learningにより調べた。
    全ての評点は正常範囲内だったが、「加水分解調整乳」を与えた乳児は、「乳児用調整乳」を与えた乳児よりも運動制御及び視覚受容の評点が高く、言語受容が低かった (Mennella et al., 2016)。
    これらのデータは、調製乳中の遊離アミノ酸が認知機能発達に影響を及ぼす可能性を示しているが、この研究では加水分解調整乳を用いているため、遊離グルタミン酸の寄与は明らかではない。
    一方、鳥取大学の研究では、認知症患者へのグルタミン酸の投与が、おいしさの向上と関連して認知機能を向上させたことが報告されている (Kouzuki et al., 2019)。
  3. 腸管免疫
    また、ユトレヒト大学の系統的レビューによれば、母乳中のグルタミンとグルタミン酸が腸管免疫機能を通じて乳児のアレルギーおよび感染に対する防御の役割を持つことが示唆されている (van Sadelhoff et al., 2020)。


ヒトうま味受容体のグルタミン酸特異性について

ヒトのうま味受容体 (T1R1/3) はグルタミン酸への特異性が高いが、ラットやマウスのT1R1/3はアミノ酸に広く応答する (Toda et al., 2013)。


参考文献